中国の土家(トゥチャ)族に伝わる民話。「鎮魂」

その昔、シランというとても機織りの上手な娘がいました。

ある春の日、シランは可憐に咲く花を見て、花で布を織ることを思いつきました。そして、シランは見事に花で布を織りあげました。この花布を広げると春風が香り、周りをミツバチが飛び交い、蝶が舞うのです。


やがてこの花布の噂が広まり、多くの若者が彼女に嫁になってくれるようにと求婚します。しかし彼女の父親は結婚を許しませんでした。家が貧乏だったため、シランを金持ちの家に嫁がせようと考えていたためです。



それから2年後、遂にシランは自分の知っている花をすべて織り終えてしまいます。そしてまだ織ったことの無い、自分の知らない花を探すようになりました。



そんなある日、シランは白髭の老人に出会います。老人は彼女に「この世で一番賢く辛抱強い娘だけが、真夜中に咲く、この世で最も美しくて貴いイチョウの花を見ることが出来る」と教えたのです。


シランはそれから、イチョウの花を見るために3晩家を抜け出しました。しかし一向にイチョウは花を咲かせません。そんな毎晩家を出るシランを、彼女の兄嫁は不審に思い始めます。そして父親に「シランは男と会っているに違いない」と告げ口したのです。


4日目の晩、シランはとうとう白く輝く神々しくも美しいイチョウの花と巡りあいます。待ち焦がれていた彼女は、イチョウの木の枝をひとつ折り取り、嬉しそうに家へと戻りました。



家でシランを出迎えたのは、泥酔した彼女の父親でした。喜々としたシランの様子に、父親は告げ口通り男と密会してきたのだと誤解し激怒します。そして酔いに任せてシランを斬り殺してしまうのです。



やがて父親の酔いも醒め、ようやくシランの手にイチョウの花が握られていたことに気づきます。そして自分が思い込みから娘を殺してしまったことに、深く後悔することになりました。


3日後、どこからともなく小鳥が飛んできます。その小鳥は「イチョウの花が咲いた夜、兄嫁の告げ口でお父さんが私をイチョウの根本に切り捨てました」と歌うようになりました。



それから3年、父親は亡き娘を偲んで、彼女が織った花布を寝台の掛布にしました。すると小鳥は山へと飛び去っていったのです。以来、土家族の人々は、美しい花模様の掛布を寝台にかけるようになりました。



しかしイチョウが美しい花を咲かせることはなくなり、この世で一番美しく貴い花を布に織り込むことは二度とできなくなったのです。

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